戦略日記
経営者の議論の作法 #284
経営者同士の議論の場において、時に見られる光景があります。一人の発言が長く続き、その人の事情や背景、細かな経緯に時間が費やされていく。気づけば、その場は「個別相談の場」になってしまっている。
経営者同士が集まる場は、単なる悩み相談ではなく、全員が学びを持ち帰る場でなければなりません。一人の発言は、その人のためだけのものではなく、その場にいる全員のための「素材」であるべきです。
経営者の議論には“作法”があります。それは、自分の現実を、他者が使える知恵に変えることです。だからこそ重要なのは、自分の話を「他者が置き換えられる形」にすることです。
例えば、「売上が落ちて困っている」という話であれば、単なる状況説明ではなく、
・どの市場で
・どの客層に対して
・どの商品が
・どう変化したのか
この構造まで言語化する必要があります。
さらに一歩踏み込めば、なぜその変化が起きたのか、競合はどう動いているのか、自社はどの選択をしているのか。ここまで言語化できて初めて、その話は「戦略の材料」になります。
そうすれば、聞いている側は自社に置き換えられます。「あ、自分の地域でも同じことが起きている」「この客層の変化はうちにも当てはまる」「自社ならどう打つか」と、思考が動き出す。ここに初めて議論の価値が生まれます。
逆に、ただ経緯を長く話すだけでは、それは“個人の出来事”で終わってしまいます。他者にとっての価値は生まれません。議論の場にいるということは、常に「他者にどう役立つか」という視点を持つことでもあります。
そしてもう一つ、重要な姿勢があります。それは「時間は共有資源である」という認識です。経営者同士の場において、時間は極めて貴重です。一人が長く話すということは、他の参加者の学びの機会を削っていることでもあります。言い換えれば、無自覚のまま“機会損失”を生んでいる状態です。
だからこそ、発言には節度が必要です。要点を絞り、本質に集中する。結論から話す。構造で語る。自分のためだけに時間を使わない。経営とは、「限られた資源をどう使うか」の営みです。ヒト・モノ・カネだけではありません。時間もまた、最も重要な経営資源の一つです。その使い方には、経営者としての姿勢がそのまま表れます。
良い議論とは、個別の問題を、普遍の学びへと昇華させるものです。そして優れた経営者ほど、自分の話を“他者が使える形”に整える力を持っています。
経営者同士の議論は、誰か一人のものではない。その場にいる全員の“共有財産”である。そう捉えたとき、議論の質は一段と高まります。そしてその積み重ねが、やがて一社一社の戦略の精度を引き上げていくのです。