戦略日記
安易な新規事業は危険 #250

経営の本質は「お客づくり」にあります。どんなに立派な商品やサービスを持っていても、それを買ってくれるお客がいなければ企業は成り立ちません。お客をつくり、関係を深め、継続的に選んでもらうことこそが経営の王道であり永続企業の条件です。
ところが現実には、多くの経営者が「新規事業」という響きに心惹かれてしまいます。新しいことを始めれば、周囲からはカッコよく見えます。新聞やSNSで紹介されれば称賛の声も集まり、「挑戦的だ」「勢いがある」と評価されます。経営者自身もその雰囲気に酔いしれ「これこそが成長戦略だ」と勘違いしてしまうのです。しかし、それは危うい幻想に過ぎません。
実際のところ、既存事業の不振を理由に新規事業へ逃げ込む会社は少なくありません。その結果、次第に事業が拡散し、やがて「何屋さんか分からない企業」となってしまいます。市場からの信頼は薄れ、社員も方向性を見失い、経営者自身も疲弊していきます。これは顧客の視点から見ても同じことです。「あの会社は結局、何をしているのか?」と疑問を持たれた瞬間に、選ばれる理由は失われてしまうのです。
新規事業を始めれば、必ず「新しいお客づくり」が必要になります。しかも、特に危険なのは「客層が変わる新規事業」です。客層が変われば、これまで築いた顧客基盤や信頼関係、紹介や口コミの仕組みが一切活かせません。結果として、参入した新しい市場にはすでにNo.1やNo.2の強力な競合が存在しており、そこに後発で飛び込めば、莫大なコストと時間を費やす「消耗戦」を強いられるのは必然です。これは中小企業にとって致命的になることは言うまでもありません。
ランチェスター戦略の視点で見れば、地域や客層はまさに「戦場」です。戦場を安易に変えるということは、それまでに築いてきたシェアや優位性を自ら放棄する行為に等しいのです。弱者が多数である中小企業がとるべき戦略は、戦場を広げることではなく、既存の客層の中で一点集中し、深く浸透していくことです。むしろ「同じお客に、より深く信頼される」「同じ地域で、より多く紹介が生まれる」ことにこそ未来があります。
経営とは派手さではなく、愚直で地道なお客づくりの積み重ねです。周りからの称賛や見栄えに惑わされ、新規事業を安易に始めれば、経営の足元はたちまち揺らぎます。「商品を変えても客層を変えるな」この格言を胸に刻むことが、地域密着の中小企業が生き残るための唯一の道筋なのです。